名古屋市公会堂
名古屋市公会堂は大阪の中之島公会堂(大正7年)、東京の日比谷公会堂(昭和4年)に続き、昭和5年に完成した、これで三都市に大規模な公会堂が誕生したことにる。
戦後は進駐軍に接収され、市民には開放されていなかった、ただ中に入れる日もあったようだ、確かクリスマスの日だったと思うが、映画を見た記憶がある。まだまだ戦後の爪痕が残る、何もない時代、映画を見ること自体が大変珍しいことで幼心にも印象深かったのだろう、題も覚えている『ベーブ・ルース物語」、ただ遠い昔こと、実際はどうだったかと言われれば自信がない。
そんな公会堂も昭和31年に名古屋市へ返還され、再び市民が利用できる公会堂として復活した。
平成29年4月1日から平成31年3月31日まで老朽化に伴う改修工事後、歴史的建造物として令和2年に景観重要建造物に指定される。噴水塔
噴水塔は明治43年、第10回関西府県連合共進会が開かれた時にローマ様式の大理石柱に岩組みで造られた。
関西府県連合共進会は農産物や工業製品の出品・展示が中心となる地方博覧会、鶴舞公園で開催された時の
参加県は3府28県、入場者数は263万あまりと、多くの人が訪れた。ちなみにその時の名古屋の人口は41万人。
夜はライトアップされている。
噴水から落ちてくるしぶきがオレンジ色のライトで照らされて、暗い夜空に浮かび上がる様は、幻想的な雰囲気を醸し出している。
市公会堂、奏楽堂もライトアップされているが、この噴水塔が一番見ごたえがあると思っている。 ただ噴水は凍結防止のため12/28〜3/1まで停止されています。
奏楽堂
この奏楽堂も明治43年の共進会が開かれた時に中心的施設として造られた。
イタリアルネサンス風の円形舞台建築で、舞台周りには音符の装飾を施した柵や石組みされた台上に立つ、頭部に渦巻き模様の彫刻がしてある対になった柱に、銅板葺きのドームを載せたその建築は、19世紀末にヨーロッパで流行したアールヌーヴォーの特徴よく表している。
今の奏楽堂は1997(平成9)年に創設当時の姿に復元されたもので、その前(昭和11年から平成7年まで)は平らな屋根で中心にモニュメントがあるだけの平凡な形をしていた。そのモニュメントは現在も奏楽堂広場に飾ってあります。
私もこの撮影した近くで毎朝ラジオ体操をしている。
舞台で体操をしている人たちは、この鶴舞公園でラジオ体操を始めたグループ
「がんばろー会」の面々です、
今は舞台に上がることはできなくなり、下に降りて行っています。
普選壇(御誓文記念壇)
普選壇は初の普通選挙が実施された昭和3年に、これを記念して建設された野外劇壇、
壁面には青銅版で五箇条の御誓文が刻まれている。
1986年(昭和61年)に名古屋市の有形文化財に指定される
以前は垣根のような樹木に囲まれたこの普選壇は、あまり馴染みがなかったのか、公園に来る人たちにも 立ち寄る人は少なかった。よく見かけたのは、朝早くからベンチに座って将棋を指している人達でした。
しかし2年ほど前に整備され、その時に普選壇を囲んでいた樹木も取り払われたため道路側からも見通せるようになる。木が無くなった辺りには花壇が造られ雰囲気もだいぶ違ってきた。改修してからは催し物も多くなったようで、日曜や祭日などは写真のようなアイドルがステージに立って場を盛り上げている。
鶴々亭(かくかくてい)
昭和3年秋、昭和天皇即位の大典を祝う「御大典奉祝名古屋博覧会」が催された。
その時に産業の振興、文化の発展を願って名古屋材木商工同業組合が参考館として出展した茶席で、木曾檜材の最高級品が使用された木造瓦葺平家建(建築面積92.4㎡)でした。
今は和室(六畳、十畳)が有料で一般利用できます。
鶴々亭に併設されている茶室百華庵(ひゃっかあん)は明治、もしくは大正時代末に建てらた木造平屋、瓦葺で認定地域建造物資産として認定されている。
時代は変わり最近はこの純和風な鶴々亭でコスプレの撮影会も行われているようです。